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第11日目 9月9日(金) 晴 | 8q 2088q |
トムラウシ登山〜トムラウシ温泉 |
台風一過の秋晴れの登山日和だったが、トムラウシの山中で出会ったのは神奈川県平塚からの単独行者と札幌からの夫婦の3人だけだった。熊に出会わずにすんでヤレヤレ。 トムラウシ登山記 下山後、トムラウシ温泉の湯に浸かってから、この日はトムラウシ温泉の駐車場で車中泊。八戸から車でやって来た若者が、手際よく焼肉を焼いてくれてご馳走してくれて楽しい一夜だった。
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第12日目 9月10日(土) 晴 | 413q 2501q |
トムラウシ温泉〜層雲峡〜初山別村 |
第13日目 9月11日(日) 晴 | 118q 2619q |
初山別村〜稚内〜利尻島 |
稚内港の駐車場にに車を停め、リュックを担いで登山靴をぶら下げるといういでたちでフェリーで利尻島へ渡る。宿に着いてコインランドリーで洗濯をしてから海岸に出てみた。漁師の老人と妙に親しくなり利尻昆布を3本ばかり貰う。 今回の旅行中、利尻島では民宿に泊まる予定だった。この日は衆議院選挙(いわゆる郵政解散選挙)の日で、テレビの開票速報を見たかったので、2日前に宿の予約をしておいた。 明日は利尻山へ登るのであまり夜更かしはできないのだが、深夜1時過ぎまで開票速報を見てしまった。
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第14日目 9月12日(月) 曇り後雨 | 0q 2619q |
利尻山登山〜利尻島 |
利尻山は標高1719m、標高はたいしたことないのだが、海抜0mから登るような山なので侮ることはできない。往復10時間近い本格的な山登りである。 宿の車で10分ほどの利尻山登山口 利尻北麓夜営場まで送ってもらう。天候は雨雲が低く垂れ込めていてよくない。一緒に送ってもらった若者二人は「お先に・・」と言って先に登って行った。道は山頂まで一本道で迷うことはない。 六合目の第1見晴台で初めての休憩。ここは展望が開けていて見晴らしが良くて眼下にはペシ岬も見えるし山頂も臨むことができる。なんとか視界が開けていたのはこの辺りまでで、この後は時を追うごとにキリが出始め、八合目の避難小屋に着く頃にはキリはかなり深くなっていた。 避難小屋からは急登の連続であり、九合目からはガレ場の道で雪解けや雨のため道が深くエグレている。登山路に張ってあるロープに掴まりながら慎重に登って、山頂に着いたのは午前10時だった。キリはますます深くなって霧雨模様でありしかも風が出てきて肌寒い。写真だけを撮って早々に下ることにする。 さすが日本百名山の山であり、この悪天候の中続々と山頂を目指す登山者を尻目に軽快に下山した。 下山後、宿の車で送ってもらった利尻富士温泉に浸かって、利尻山登頂の喜びにひたった。 この日も前夜と同じ民宿に泊まり、馬糞ウニやホタテなど利尻の海鮮を食べながら飲んだ北海道のお酒はことのほか美味であった。
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第15日目 9月13日(火) 晴 | 188q 2807q |
利尻島〜稚内〜宗谷岬〜雄武町 |
利尻島から稚内へ戻るフェリーに乗り込む列で、直ぐ隣に並んでいた男がどこかで見たことがあるような顔だ。よく見ると普通の観光客とは違ういでたちだし、土地の人には見えない。よくよく観察してみたら「孫」を歌う歌手だった。 昨日の悪天候が嘘のような好天なので宗谷岬からサハリンが見えるかと期待したが、残念ながらうっすらと霞がかかっていてサハリンは見えなかった。間宮林蔵の銅像が建っているが、その昔彼はここからサハリンを眺めたのだろう。 宗谷岬から500mほど行った所に、日本最北端の駐在所なる看板を掲げた交番がある。 オホーツク海に面したベニヤ原生花園は様々な植物が自生しているのだが、夏の花の時期を過ぎているし秋の花には早いので小さな実をつけた木があるだけだった。 |
宗谷岬 | 最北端の地碑 | 間宮林蔵の像 | 最北端の駐在所 | ベニヤ原生花園 |
第16日目 9月14日(水) 晴 | 232q 3039q |
雄武町〜網走〜清里町(斜里岳登山口) |
紋別で、オホーツク海沿岸から少しだけ内陸に入って中湧別へ行って朝から温泉に浸かる。朝風呂は気持ちがいい。ここはチュウリップで有名な所で公園があるが、無論今の時期は花はなくオランダの公園を模した風車がカラカラと音を立てて回っているだけだ。 網走・小清水原生花園を通り過ぎ清里町に着いて、ここで明日の斜里岳登山に備えて食料の買出し。清里の街中から15キロほど走った斜里岳登山口には山小屋 清岳荘がある。清岳荘は管理人が常駐する立派な造りの山小屋であるが、食事・寝具の提供はない。小屋内に登山情報と共に熊情報が掲示されていた。
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第17日目 9月15日(木) 晴 | 17q 3056q |
斜里岳登山〜清里町 |
登山ポストに登山届けを出してから登山の開始。沢沿いの樹林帯の道を進むと下二段の標識がある小広い所に出た。ここは新道と旧道との分岐点であるが、旧道を行くことにする。下二段から上二段までは沢沿いの道であり何ヶ所か沢を渡り滝もあるが、ほとんどはなめ滝であり危険な所は鎖やロープが張ってある。 上二段を過ぎて急なガレ場の道を登って行くと馬の背の稜線に出た。真っ青な空に斜里岳の山頂がくっきりと映えている。馬の背からの急坂を30分ほど登って山頂に着いたのは午前9時半だった。 山頂からの眺めは素晴らしく北東側には海別岳から知床連山に続く峰々が、南西側には阿寒の山々が展望できる。下山は熊見峠を経由する新道を通ることにする。 連日の強行日程で少々疲れ気味なので、この日は清里町の民宿に泊まることにする。民宿にはコインランドリーがあったので、久しぶりに洗濯。 |
麓からの斜里岳 | 斜里岳 | 山頂の標識 | 知床連山を遠望 | 熊見峠 |
第18日目 9月16日(金) 晴 | 64q 3120q |
清里町〜知床〜羅臼岳登山口 |
もう秋の観光シーズンが始まっているのか知床は観光客が多い。世界自然遺産に登録されたことも影響しているのだろう。初めて知床へ来たのは昭和39年東京オリンピックの年だった。因みに、この年は知床が国立公園に指定された年だった。 カムイワッカの滝は川全体に温泉が流れていて滝壷がそのまま露天風呂になっている。無料の混浴露天風呂と言えばそのとおりだが、皆水着を着て入っている。 知床五湖から少し入った所が岩尾別温泉だが、そこに「ホテル地の果て」という名前のホテルがある。そのホテルの裏に羅臼岳の登山口 木下小屋が建っている。そこの駐車場が今夜の泊まり場。
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第19日目 9月17日(土) 晴 | 34q 3154q |
羅臼岳登山〜羅臼熊の湯 |
知床はアイヌ語で「シレ・トク」といい、地の果てという意味だそうだ。その知床半島の最高峰が標高1660mの羅臼岳。知床はヒグマが多いことで知られている。事前に用意した熊除けの鈴のほかに、前日に地元の人が山仕事で山中に入るときに使う鈴を買って手首に付けた。登山路には「ヒグマ出没多発」の立て看板が立っている。なるべく屈強の若者がいるグループに着かず離れずの距離で登って行った。クマに出会わずヤレヤレだった。
下山後、知床横断道路を通って羅臼へ向かう。羅臼岳の眺めが素晴らしいはずの知床峠は、辺り一面の霧で何も見えず、しかも風が強くて寒いので早々に退散。 羅臼の町外れに熊の湯という無料の露天風呂がある。野趣豊かな温泉なのだがものすごく熱かった。この温泉の道路をはさんだ所が羅臼キャンプ場で、ここの駐車場が今宵の車中泊の地。
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第20日目 9月18日(日) 晴 | 217q 3371q |
羅臼〜納沙布岬 |
知床半島東側に海岸に突き出た岩礁に湯船が二つあり、満潮になると海中に没してしまう温泉・セセキ温泉がある。脱衣所などというものはないので、岩の上に衣類を置いて入る何ともワイルドな温泉だ。晴れた日には温泉に浸かりながら国後島が眺められるが、この日はあいにくの天候でそれは叶わなかった。 セセキの先に相泊という集落があるがこの先に道路はない。こんな辺境にも漁港があった。 納沙布岬は日本最東端の地である。晴れていれば、水晶島・国後島などの北方領土の島が目の前に見えるのだが、岬に着いた時も翌日発つ時もずーっと霧で何も見えなかった。こんな霧の納沙布岬で大阪や九州ナンバーの車に交じって車中泊。 |
セセキ温泉 | セセキ温泉 | 相泊温泉 | 相泊温泉 | 相泊の漁港 | 納沙布岬 |
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