大 和 路


( 平成28年10月28日〜30日 )

前々から訪れたかった国が選定している「重要伝統的建造物群保存地区」の奈良県の3ケ所の地区(宇陀松山・五条新町・橿原今井町)へ妻と共に出かけた。


第1日

 朝早く東京駅で乗った新幹線「のぞみ」は2時間半で京都に着いた。年に何回か京都へ来ていて京都駅の構内をよく知っている妻の後ろについて、近鉄京都線に乗り換えて大和八木へ。ここで近鉄大阪線に乗り換えて20分、降りた所が奈良県東部の宇陀市榛原(はいばら)。山が迫っていて随分田舎へ来たような感じだ。榛原駅前から目的の宇陀松山へはバスで30分ほどであった。

 今回の旅は奈良県にある三つの伝統的建造物群保存地区を訪ねる旅であり、宇陀市松山はその一番目の地である。ここは奈良県東部の宇陀山地にあって、城下町から商家町へと発展した町であり、江戸時代には宇陀地方の政治・経済の中心として発展した。
 城山と宇陀川の間に位置していて、平入の町屋の家並は江戸時代後期から昭和初期に建てられたものが並んでいて、遠くに見える山と調和してよい景観を見せている。 


宇陀松山 詳細


 宇陀松山の造り酒屋・久保本酒造で利き酒を勧められいくつか飲んで「初霞」の小瓶を今夜の晩酌用に買ってから、再びバスに乗って榛原駅に戻り、近鉄大阪線線で橿原神宮前駅へ行き、この日は駅近くの橿原ロイヤルホテルにチェックインして一日目の行程を終えた。
 
久保本酒造                    橿原ロイヤルホテル




第2日
 橿原神宮前駅から近鉄橿原線で吉野口駅へ行き、JR和歌山線に乗り換えて五條へ。五條駅から徒歩20分ほどで、この旅の二つ目の目的地・五條新町に着いた。

 吉野川に沿う五條の町は、旧紀州街道・伊勢街道など5つの街道が交わっているのが地名の由来といわれ、古くから大阪と紀伊を結ぶ水陸交通の要衝として栄えていた。
 新町通りと呼ばれる旧紀州街道沿いには江戸時代からの民家が建ち並び、宿場町から商家町に変わっていった町の歴史をものがたっていて、、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。


五條新町 詳細



 五條新町から五條駅へ戻り、JR和歌山線・近鉄橿原線を乗り継ぎ今日の泊まりホテルがある橿原神宮前駅に着いた。チェックインに未だ間があるので、駅から数分の橿原神宮へ行ってみた。

 初代天皇とされる神武天皇を祀る橿原神宮は広大である。 神武天皇は天孫降臨の地・日向の国高千穂を発して大和に入り、畝傍山の麓・橿原の地に皇居を造り即位の礼を行って日本建国の楚を築いた。これが2月11日であり「建国記念の日」として紀元祭が行われている。なお、現在は橿原神宮に隣接した畝傍山の麓に神武天皇陵が築かれている。










橿原神宮本堂


前日と同じ橿原ロイヤルホテルにチェックインして、大浴場に入ってからこの夜はレストランでちょっと豪華な夕食を摂って二日目の行程を終えた。




第3日

 橿原神宮前駅から近鉄橿原線で2駅の八木西口で降りて、今回の旅の3っ目の目的地橿原市今井町へ向かった。
 中世末期に称念寺を中心とした寺内町として栄えた今井は、濠を巡らせた城塞都市であった。織田信長により武装解除された後は商業都市として発展し、江戸時代には「大和の金は今井に七分」と言われるほどに隆盛を極めた。
 伝統的建造物保存地区の中でも最も伝統的建物の多い地区で、東西600m南北300mの町内に建ち並ぶ民家の8割以上約500軒が江戸時代に建てられたものである。最も古いものは慶安3年(1650)に建てられた家で、代々惣年寄りを務めた家は城郭風の外観である。


今井町 詳細



 この後、八木西口から近鉄橿原線・京都線に乗って京都へ戻り、駅ビル内の食堂で少し早めの夕食を食べてから駅前のお土産屋で京都の生八つ橋・奈良の奈良漬けを買って、新幹線に乗って帰宅した。

 奈良県の3つの重要伝統的建造物群保存地区を妻と一緒に巡り、満足した大和路3日間の旅でありました。 


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