ぶらり九州

第 7 週1
5/4〜5/7

熊本城
山鹿
普賢岳
島原
祐徳稲荷




 第43日 5月4日  晴     走行76km 累計4,201km
 熊本城              (泊)道の駅「鹿北」(山鹿市)


熊本城は日本三名城の一つと言われている。さすがに気品があり重厚感がある。
連休なので混んでいるだろうと思い早く行ったのだが、天主閣に一番近い二の丸駐車場は既に満車、やむなく三の丸駐車場へ行ったがここもほぼ満車に近い混みよう。
天主台に入るには延々長蛇の列で、この城の人気の高さに驚かされる。







熊本城三の丸駐車場に車を置いて、前々日の3,333段の石段の登り下りで足のふくらはぎが張っていて痛いのを我慢しながら、徒歩で市役所に近い熊本一の商店街へ行ってみた。
 
熊本市は今年4月に政令指定都市になったばかりなので、いたる所に政令都市の幕が掲げられている。熊本では市電が走っていて、お城を背に芝生敷きの線路を走るのは趣きがあります。
 
普段使用している空気枕に小さな穴が空いてしまったので、熊本で一番大きいデパート「つるや」へ行けば見つかるだろうと思い、旅行用品売り場へ行ったら打ってつけのものが見つかりました。




 第44日 5月5日  晴       走行72km 累計4,273km
 山鹿灯籠 旧知のお宅訪問   (泊)道の駅「深江」(南島原市)


肥後・熊本を起点として北上し豊前・小倉にいたる道を熊本では「豊前街道」と呼んでいる。
近世になってこの道は参勤交代道として栄え、大名行列の宿場町として栄えるなどこの土地固有の産業や文化が育ってきた。昔から湯の町であった山鹿は宿場町、文化の中心として重厚な貫禄が町並みに残っている。
 


室町時代から伝わる山鹿灯籠は、金灯籠に始まり、神殿造り、座敷造り、城造りなど様々な様式のものが作られてきたが、その作り方には一貫した決まりがあります。
 
灯籠作りの決まりとは
 1. 木や金具は一切使わず、和紙と少量の糊だけで作る。
 2. 柱や障子の桟にいたるまで中が空洞。
 3. 灯籠としての美しさを追求するために、建物などを一律に縮小したミ
   ニチュアとしてだけではなく、縦横のスケール等を独自に工夫して作る。
                           (写真は金灯籠で、山鹿市HPから)
 
灯 籠 師



九州サイクリングの前年夏に福井県永平寺の山門前で小渕先生に出会い、「九州へ来たときは我が家に泊まるように・・・」と言われていた。 
お言葉にあまえ、天候が悪かったこともあって山鹿市鹿北町では先生のお宅に2泊もさせてもらった。その先生も20年前に77歳で他界されている。
 
カーナビをセットして車を走らせるとお宅の玄関先までナビは導いてくれた。来意を告げると、娘さんは「昔、母から度々話を聞いていました。」と言って家の中に招じいれられた。仏壇の前に座りお線香を立ててのお参りが済むと、彼女は「おかあさん 川崎の学生さんが訪ねてきてくれましたよ。よかったね〜〜」と遺影に向かって話しかけていました。
娘さんと言っても彼女は私と同年代。初対面なのに、旧知の知り合いであるかのように話が弾みました。
 
 
 
小渕家を辞してから、50年前と同じルートで長洲町から有明フェリーで島原半島へ。この旅3回目のフェリーなので乗下船も大分手慣れてきました。
いよいよ明日から長崎の旅です。



 第45日 5月6日  晴     走行109km 累計4,382km
 雲仙普賢岳 島原城    (泊)道の駅「深江」(南島原市)


普賢岳噴火の火砕流
島原半島の中央にそびえる雲仙普賢岳は寛文・寛政・平成と3度の噴火を繰り返している。
平成2年に198年ぶりに普賢岳は噴煙を上げ、翌年山頂には溶岩ドームが出現した。崩落した溶岩は普賢岳東斜面を火砕流となって大野木場小学校を焼き、さらに土石流となって民家を埋めた。
その学校や民家が当時のままに保存されている。自然の力は計り知れないほどにすごいものです。









ゴールデンウィーク最終日 島原城は熊本城ほどではなかったなかったが、観光客で賑わっていて城内の駐車場は満車に近い。
熊本城と同じように、ここでも武将やお姫さまがポーズをとってくれている。





小浜温泉の日本一長い足湯 105m




この日の夜は、雲仙普賢岳を眺める「道の駅 深江」で車中泊。ここで北海道滝川から来た二人連れと出会い、彼らが鹿児島で買ってきたイモ焼酎を飲みながら楽しい夜だった。
彼らは、4月初めに苫小牧から茨城県大洗までフェリーで来て、それ以降はずーっと走ってきたそうだ。歳の離れた夫婦かと思っていたら実は親子で、夫を亡くしてふさぎ込んでいる母親を息子が旅行に連れ出したそうだ。そのため息子は会社を休職したと言う。
 
息子がトイレに行った時に、
私 「今どき珍しい親孝行な息子さんですね」
母親 「この車は、この旅行のために私が新たに買ったのよ」
本当に仲の良い親子でした。



 第46日 5月7日  晴            走行101km 累計4,483km
 諫早湾潮受け堤防 祐徳稲荷神社    (泊)道の駅「彼杵」(東彼杵町)


もう10年ほど前になるが、諫早湾干拓事業で有明海の海水を遮断するために、まるでギロチンのように鉄板が打ち込まれる映像がテレビに映ったことがあった。
今、その潮受け堤防の上には全長7キロ一直線の道路が出来ていて、中間点には駐車場も設けられている。



祐徳稲荷神社
佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社は伏見稲荷大社などとともに日本三大稲荷の一つに数えられている。
年間300万人の参詣者が訪れていて、これは九州の神社では太宰府天満宮に次ぐ参拝客数であり、商売繁盛、家運繁栄などで尊崇されている。






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