北海道ぶらり旅

 第 8 週  7/11〜7/17 
 羽幌〜天塩〜稚内〜礼文島





 第50日 7月11(日)  晴れ     走行 89km  累計 5,423km
 羽幌〜羽幌炭鉱〜遠別

戦後のまだ物が豊富でなかった小学生の頃、暖をとるのは羽幌炭の煉炭や豆炭だった。
羽幌の市街地から約20キロ走って廃虚になった羽幌炭鉱上羽幌へ行った。道路だけは異様なほどに綺麗なのだが、廃屋になった鉱山の会社、鉱員の住宅が無残な姿で残っている。坑口にも行きたかったが、草ボウボウで入って行けない。
上羽幌から7キロの築別地区に行って中学校の跡地を見てみたかったが、進入禁止になっている。
炭鉱が盛んだった頃、炭鉱住宅には1万人近い人が住んでいて、羽幌町は市制施行の人口3万人にちょっと欠ける人口だった。町の人はもう少しで「市」になると張り切ったが、炭鉱閉山とともに人口は減少し、市制施行なんて夢のような話になってしまったと、前日会った歯科医は言っていた。



 第51日 7月12日(月)  雨     走行 24km  累計 5,447km
 遠別〜天塩  

朝4時ごろから降り出した雨は、時間がたつにつれて降りが強くなり、この日は一日中降っていた。
20キロほど走って天塩温泉へ。温泉に入ってからレストランで昼食後、大広間で昼寝をしてからテレビを見たり、新聞を読んだり、パソコンで旅の記録を書いて過ごす。

旅で出会った人たち
埼玉の寅さん  前日に遠別で会った70歳代前半。「ふうてんの寅さん」はトランクだったが、この人はワゴン車にたくさんの衣類などを積んで旅をしていて、時々店を出す。腕時計の電池交換もやったりするので、30種類もの電池を常備しているが、ヤーさんが怖いのでお祭りでは店を開かないと言っていた。
函館の映画やさん  6月5日に島牧で会った函館の82歳。毎年4月から9月まで北海道の辺境の地を回って、ボランテアで子どもたちに映画を見せている人で、マスコミに採り上げられたこと数知れず。NHKのアーカイブにも記録が残っているそうだ。奥さんが亡くなる前は夫婦で回っていたが、今はここにいると言って車内に遺影が飾ってある。こんなことを20年も続けているそうだ。
岩手のペンキ屋さん  広尾で会った70歳代前半。昔、北海道で塗装店を営んでいた。その後、郷里の岩手県に戻り塗装店をやっていたが息子が店を継いだので北海道を旅行している。お金がなくなったら昔の伝手でペンキ塗りをやって、お金を得たら又旅を続けている。
妻に逃げられた男  斜里の道の駅でインターネットをやっていたら話しかけてきた63歳。1カ月前に姫路を発つ時は妻と仲良くいっしょだったが、北海道に入ってから夫婦喧嘩をやってしまって、「女房は飛行機で帰っちゃった。」  北海道には会社を定年になったと思しき熟年夫婦が、一見仲睦まじく旅行しているが、こんな夫婦は他にもいるだろうなァー。 一人旅は気楽でいいやァー(でも本音を言うと、ちょっと寂しいときもある)
奈良の熟年おしどり夫婦  帯広の「ばんえい競馬場」で、競馬場には似つかわしくない上品な感じの女性が所在無げに立っている。 傍らでは夫が三脚を据えて望遠レンズを付けたカメラで馬の姿を追っている。夫「今日はこれに専念してるんですよ。」  妻「私は『アッシーさん』なんですよ。」  妻がずーっと車を運転しているとのこと。この夫婦は姫路の男みたいに妻が飛行機で帰ることはないだろう。



 第52日 7月13(火)  曇後晴     走行 95km  累計 5,542km
 天塩〜稚内〜ノシャップ岬

美瑛で首に湿疹の痒みを感じていたが、10日ほどで痒みはなくなっていた。しかし、患部に指先を触れると違和感があることが気になるので、市立稚内病院の皮膚科へ行った。
午前の受付時間を終了していたが、事情を話したら診てくれた。北海道の人はみんな親切である。やはり広大な土地で気持ちがおおらかなのだろうか。診察の結果は、ほぼ治りかけているが念のために薬をということで、飲み薬と塗り薬をもらってきた。


北緯45度に位置する稚内はサハリンを望む国境の町である。
稚内公園には南極で活躍した樺太犬の像、北方記念館や「氷雪の門」が建っている。太平洋戦争終結から5日後ソ連軍が樺太を進攻した際、9人の女性電話交換手は任務を全うし自ら命を絶った。彼女たちが交換台を通して呼びかけた最後の言葉が「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」
氷雪の門 氷雪の門の碑文

稚内駅は日本最北端の駅で日本列島を縦断している線路の最終地点は砂利で埋まっている。稚内駅は改修工事中で最終地点の雰囲気が損なわれているのが残念だ。
戦前には樺太への航路「稚泊航路」があったが、現在ではその岸壁に古代ローマ建築を思わせるような太い柱とアーチ型の「稚内港北防波堤ドーム」が建っている。




 第53日 7月14日(水)  晴れ    走行 48km  累計 5,590km
 稚内〜(フェリー)〜礼文島

礼文島・利尻島へ車を持って行くか行くまいか迷った。諸々のことを考えた末、車の搬送料4万円は大きな出費だったが、車を持って行くことにした。
フェリーターミナルからほど近い所に礼文島温泉「うすゆきの湯」がある。山頂部に雲がかかってはいるが利尻岳を眺めながら入った露天風呂は気持ちがよい。この温泉は礼文島唯一の温泉で昨年秋に1,500メートルもボーリングして掘り当てた温泉である。

礼文島北部の船泊 久種湖の湖畔のキャンプ場で、1週間前に増毛で言葉を交わした福島県いわきから来た夫婦に再会した。彼らはここの海で釣ったばかりのメバル・アイナメやホッケ・カジカをフライにしている。誘われるままにごちそうになったが、大変美味しかった。そこへ、札幌からバイクで来た元自衛官と土地の漁師が加わり大いに盛り上がる。漁師が出荷するばかりの利尻昆布があると言うので、漁師の家へ行って昆布1.5キロを格安で譲ってもらう。明日宅急便で送ることにしよう。




 第54日 7月15日(木)  曇一時晴    走行 51km  累計 5,641km
 礼文島北部散策

礼文島の北端のスコトン岬 沖に見える無人島トド島へは以前は観光船で渡ることが出来たが今は観光船は出ていない。漁師に頼めば漁船で連れていってくれるそうだ。アザラシが群れをなして泳いでいるのを双眼鏡で眺める。天気が良ければはるか彼方にサハリンが見えるまさに国境の島である。

礼文島は緯度が高いので、本州だったら2,000m以上の山で見られる森林限界の光景が海岸線から広がっていて高山の花がきれいに咲いている。そんな光景の中で漁師はコンブ干しに忙しそうだ。
スコトン岬のお土産やに利尻昆布が並んでいる。値段を見てビックリ。300gで3,150円、1kgのものは10,500円もの値札が付いている。前の日の夕方漁師から譲ってもらった昆布はほぼ同じ肉厚で1.5kgだった。随分安く譲ってくれたものだ。キャンプ場での語らいで気分を良くしていたのだろう。

スカイ岬で食べたウニ丼は美味しかった。今の時期はバフンウニの最盛期で、もう少し日がたつとムラサキウニの時期になるそうだ。ウニは一つに粒が5っ入っていて、この丼で70粒ぐらい入っていると店の人の説明。とろけるような食感の絶品のウニ丼でした。





 第55日 7月16日(金)  晴れ    走行 44km  累計 5,685km
 礼文岳登山

スッキリした青空ではないが、礼文岳へ登ることにする。岳というにはおこがましいような標高490mの山である。だが、海抜0メートルからの山登りなので、それなりの登り応えはある。山頂には利尻島から来たグループと東京から来た夫婦がいた。なぜかこの山には咲いている花が少なく、カラフトイチヤクソウ、レブンシオガマ、エゾトラノオが咲いているのみで色合いがあまりきれいではない。利尻島からきた女性が花の名前に詳しかった。対岸の利尻岳はうっすらと見えるだけである。

一昨日会った漁師の家へ行くと「家に入れ」と言うので、中に入ってお茶をごちそうになりながら話をしていたら、今日は金田岬にアザラシの群れが来ていると言う。車で5分ほどの金田岬には岸から50mほどの所に群れをなしてアザラシが寝そべっている。近年アザラシは増えすぎて漁民にとってはコンブや魚介に被害をおよぼす困りものだとのこと。


町の有線放送が街頭で鳴っていて何か放送している。町民向けのお知らせの後で訃報の連絡。「○○さんが亡くなりました。通夜は明日・・・、葬儀は明後日10時から、ウニが獲れた場合は葬儀を1時間を繰り下げる。」 地元の人に尋ねたら、ウニ漁は海の波が静かな日の早朝に行うので、葬儀に参列しやすいように1時間葬儀を遅らせるとのことだった。

フェリーターミナルで、若い頃水産加工会社を経営していたおじいさんから聞いた話  ウニ漁は、資源保護のためこの時期の2ヵ月間、朝5時半から6時半までの1時間に限っている。腕のいい若い漁師は足で舟を操りながら箱メガネとタモでウニを獲り、わずか1時間で10万円以上稼ぐ。海が荒れた日は漁に出られないが、「時間給ならば、俺は松下幸之助の次だ」と蒙語する漁師もいたとか・・。
ウニ漁が終わるとナマコ漁やホッケやその他の魚を獲っている。





 第56日 7月17日(土)  曇り    走行 28km  累計 5,713km
 礼文島南部散策〜利尻島

礼文島は花の宝庫である。緯度が高いので、本州だったら2000m以上の高原に咲いている花がいたる所に咲いていて、「レブン」の名を冠した固有種も多い。その代表選手はレブンウスユキソウとレブンアツモリソウで、レブンウスユキソウは今を盛りと咲き誇っている。レブンアツモリソウの花期は5月下旬から6月であり、群生地は立入禁止になっていて、盗掘を防ぐため監視人が常駐していて中には入れない。でも、高山植物園に4株ほど咲き残っていた。

レブンウスユキソウ


レブンアツモリソウ

タカネナデシコ レブンソウ
チングルマの綿毛 レブンシオガマ
ハイキンポウゲ エゾニュウ

花の写真をたくさん撮りゴマアザラシの群れを見て、旅人やコンブ漁師との語らいでたくさんの思い出が残った礼文島を後にして、夕方のフェリーで隣りの島 利尻島に渡った。



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