( 神奈川県厚木市 平成29年6月15日 )
岸家は養蚕農家としてで財を成した家である。養蚕は幕末の開港後急増した生糸貿易の需要を支えていた。生糸が運ばれる横浜へのこの付近の道は「絹の道」と言われ、周辺には財を成した養蚕農家が豪邸を立て始め、生糸のもたらす繁栄を誇示していた。 |
岸邸の敷地面積は約520坪もあり、主屋は木造2階建て数寄屋造り瓦葺きで明治24年(1891)に建てられた。 間取りは、1階が土間をもつ六間取りにいくつかの部屋が連なっている。2階は12.5畳の部屋から横一列に3室が並び、そのほかに10畳の洋間が造られていて、全部で15室もある。部屋ごとの様式も多岐に及び、数寄屋風や寺社風、洋室など多彩である。 |
厚木は横浜に近いので、いち早く最新文化に接する機会があった。そのため明治24年の主屋建築以降、数度にわたる改修増築が行われ、その都度近代的な変貌を遂げている。 建築当時の伝統的な農家住宅をベースに、近代化の象徴とも言えるガラスを多用し、モダンなデザインが組み込んである。中でも注目は色ガラス。2階の座敷に広がる赤い市松模様の色ガラスは、他では見られない鮮やかさである。 |