江戸時代、薩摩藩は外城制度と呼ばれる独自の防衛体制をしいて、徳川幕府に対しての守りを固めていた。その数は100を超えていて、知覧もその一つであった。
江戸時代の雰囲気を伝える武家屋敷群が残っていて、薩摩の小京都とも呼ばれている。通り沿いに腕木門や石垣、イヌマキの生垣が続いている。
文化庁の「重要伝統的建造物群保存地区」の制度は昭和50年に制定されたが、知覧はいち早く昭和56年に選定されています。
( 南九州市知覧町 平成24年4月18日 )
武家屋敷は通りから一段高い所に建っている。
表門を入っても玄関が見えないように石塀が施してある。
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