|
|
ネパール人の親子 ポカラ郊外のホテルに3連泊し、ホテルの周辺を散策したときのこと。 畑の中の小川が流れている脇の農道のような道を歩いていると、おばあちゃん、娘、孫とおぼしき3人連れに行き会った。 「ナマステ」(こんにちわ)・・・「ナマステ」 「モ ジャパン バタ アエコ ホ」(私は日本から来ました) 「タバインコ フォト キツナ サクツゥ?」(あなたの写真を撮ってもいいですか?)・・・にっこり笑ってOKしてくれた。 撮ったばかりのデジカメの画像を見せてやると、身振り手振りで「欲しい」と、言う。僕も身振り手振りで、日本に帰ってから郵便で送ってやると言って、紙とペンを出して住所を書くようにと言った。でも、両手で「×」印を示した。 このことをネパール人のガイドに話したら、娘の年齢から推し測ると字は書けるだろう。多分、郵便を受け取るハウスNoがないのだろうとのこと。 ガイドは「画像に映った親子の印象から察すると、この人たちは一生のうちに自分の姿を写真で見ることなど度々あることではないと思う。」「私はポカラへちょいちょい来る機会があるので、この親子を探してみる。」ということで、帰国してからガイドあてに、この家族の写真を郵送した。 この親子に写真が届いたら、きっとビックリするだろうし、喜ぶことだろう。 |
左側のおばあちゃんと孫は神妙な顔つきだったが、娘は微笑んでいた |
後日談 この写真は3ヶ月後にこの親子に手渡された。 |
|
|
ポカラの酒屋さんで その日の夜にホテルの部屋で飲むお酒がなくなったので、酒・タバコ・お菓子などを売っている小さなお店に買物に行った。その店には若い夫婦と男の子がいた。ワインを1本買ってから、しばし、ネパール語会話集を片手に男の子と会話。 「タバインコ ナム ケ ホ?」(名前はなんていうの?) 「○○○○」 「タバインコ カティ バルサ?」(何歳?) 「ダス」(10歳) 父親はネパール語と共に流暢に英語もしゃべった。ところが、僕は英語の単語を並べるだけ。それでも何とか話をすることが出来た。 店先でマイルドセブンに火を点けようとしたら、ネパールタバコと交換してくれと言うので、物々交換。ネパールのタバコはあまり美味くなかった。そんなことをしている時、お客さんが現れてタバコを3本買っていった。(3箱ではない) |
|
NEPAL TOP |