五十間鼻無縁仏堂
東京と神奈川の境を流れる多摩川が東京湾に流れ込む河口から1キロほど上流(羽田空港の入口辺り)に遡った所、多摩川に流れ込む海老取川との間に干潮時に干潟が出来る。「五十間鼻」という長さ50間(約90m)程の干潟である。潮が満ちたときには干潟は水面に没するが、干潮時にはこの干潟が現れてそこにはコンクリート製の台座の下部までが現れる。 この台座の上に小さなお堂が建っている。お堂の入り口には案内板があり、そこには概ね次のように書いてあった。
五十間鼻無縁仏堂の由来
創建年代は、不明でありますが、多摩川、又、関東大震災,先の第二次世界大戦の、昭和二十年三月十日の東京大空襲の折には、かなりの数の水難者が漂着しました。その方々を、お祀りしていると言われています。元は、多摩川河口寄りの川の中に、角塔婆が一本立っているだけでありましたが,初代 漁業組合長が管理し、毎年お盆には、盆棚を作り、有縁無縁の御霊供養をしていました。毎年、新年には水難祈願として、初日の出と共に、羽田本町日蓮宗 長照寺 住職 並びに信者の方々が水難者への供養を行っています。 合掌 堂守謹書
お堂には新しい仏花がそなえてあるので、私も手を合わせました。
平成27年2月
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